権藤木(仮称)母子のクリスマスはポトフを食べる

権藤木はあれからどうなったのだろうとよく考えるのだが、仕事は茅ノ街道ショッピングモールの経理を続けて、子供たちは保育園のほか萌の母親に預けることもあるという感じか。あの夫が離婚に応ずるのかちょっと不安だけれど、少なくとも姑は体面第一な人っぽいのでむしろさっさと離婚して後添えを取りたいとなるのではと想像する。だから母子三人で過ごす最初のクリスマスには権藤木姓ではなくなっているはずだが、草野先生が設定を作っておられるかも知れないので勝手に旧姓を決めるのはやめました。

 

※千春の旧姓が桧川であることからすると、さやかの旧姓も後藤とか五十嵐とかではないか。

 

その日の権藤木の姿を、川東に降りしきる雪の向こうにわたしはありありと見ることが出来る。

 

仕事を終え、同じショッピングモール内のケーキ屋に予約していたケーキを取りに行く。小さいけれどもちゃんとホールケーキだ。子供たちのプレゼントはずっと前に、ポトフの材料も昨日のうちに買ってある。ふたりの好きなウィンナーをたくさん入れてあげよう。川南からの通勤に使っている軽自動車の助手席にそっとケーキの箱を置いて、揺らさないように車を発進させる。

昼休み、たまたま赤ん坊をショッピングカートに乗せて買い物をしていた渋沢萌に会った。

「こんな日にねえ、早菜男は夜勤なのよ」

文句を言いながらも萌は、夫が飲むらしい発泡酒のケースをカートに入れた。

「巴くんのために頑張ってるのよ、いい旦那さんじゃない」

嫌味にも卑屈にもならずに言えたな、その時のやり取りを思い出しながらかんかん橋を渡る。保育園に寄って子供たちをピックアップし、萌の実家にもほど近いアパートに帰る。

「お母さん、ケーキは?」

「ちゃんとあるよ。でもご飯を食べてから食べよう。したくするからもう少し待てる?」

「うん。猿彦、一緒にガルガイオン見よう」

子供たちは自分たちが生まれるずっと前の古いロボットアニメが好きだ。それが父親の影響なのは知っているが、そのことはあまり考えないようにしている。きょうのプレゼントにロボットの玩具を買うとき、胸の奥にある何かのかたまりがごろりと転がるのを感じなかったと言えば嘘になるけれど。

 

「子供たちから父親を取り上げてしまったんじゃないか、そう思えて仕方がない時があるんだろう?」

ウィンナーの袋を開けながら、いつか聞いた山丈ちづの言葉を思い出していた。

「どうしてそれを……」

そう言いかけて口をつぐんだのは、ちづ自身が何度も自問自答してきたことだと気づいたからだ。

「両親がそろってるのが子供にとっての幸せ、誰かにとってはそれが正解かも知れない。けど、それはあんたとあんたの子供たちが決めたことかい? 自分で決めたことでないことに振り回されるのが、結局は一番の不幸なのさ。ちょうど『嫁姑番付』みたいにね」

「はい……」

さやかは小さくうなずいた。のぞき見や噂話に明け暮れる日々とはもう無縁だ。そのために、かんかん橋を渡ったのだ。

 

ケーキがついていつもより少しだけ豪華な夕餉を終え子供たちを入浴させると、もう9時を回っていた。布団を敷くと子供たちを両脇に寝かせ、自分は真ん中に横になって絵本を読み聞かせる。

「おしまい。子供はもう寝る時間よ」

「ウン……ねえお母さん、きょうサンタさんは来る?」

「きっと来るよ。猿彦がいちばん欲しいものを持って来てくれる」

「お母さん」猿彦の反対側に寝ている犬吉が口を開いた。

「お母さんのいちばん欲しいものって何?」

その答はとっさに思いつかない。長いこと、そんなことは考えたことがなかった。それに川東にいた頃ずっと望んでいたことなら、もう叶えられている。

「ぼく、大きくなったらお母さんの欲しい物をたくさん買ってあげるよ」

犬吉の表情は見えないが、口調は真剣だった。

「ぼくはサンタさんにお手紙を書くよう」

 さやかははっとして体を起こした。子供たちは二人とももう目を閉じてうとうとしている。

「いいのよ、お母さんはもう……」

それだけを言うのがやっとだった。お母さん、お母さん……今日だけで何度「お母さん」と呼ばれただろう。その声の一つ一つが、耳の奥で暖かなともしびのように燃え続けている。やがて体中に満ちるその光の数を数えながら、さやかは川南に来て初めての涙をとめどなく流した。